今日、久しぶりに「某有名アニメ」を見たんですよ。

食事の時間と一致したので。
最近テレビみないなぁ…



N太をいじめているJアンとS男がいます。
そんなところに都合よく、Dえもんが助けに来てくれる……。
パターン化された内容なのですが、久しく見ると違和感を覚えました。
いや、話に違和感を覚えたのではないです。
いじめ問題が深刻なのに、このような内容のものをゴールデンタイムに、
しかも子供向け放送していいのかと。

構図が、
N太:いじめられる→Dえもん:助ける→
           N太:助けられたが、頼らず成長→N太:JアンとS男を撃退


これが理想ではないでしょうか?
でもこれだと話的に面白くない。
しかし、いじめられているN太は助けを借りて、そのまま調子に乗り、失敗。
結果、Dえもんにも軽く見放される。
もとろん、N太にいけないところはたくさんあります。
しかし、最後にN太を助けるは誰ですか?
教師も教師ですし、母親も母親ですし、
それに、最後の頼みのDえもんはリアルに置き換えると、絶対に存在しないもの。


ドラ○もんの世界を完全にリアルに置き換えると、
N太は自殺したくなるんじゃないでしょうか?
イメージ的にはそこまで神経の弱い人間とは感じられませんけど……。

あとは、そうですね〜。
Jアン、S男って、いじめている自覚があるからまだ、いいじゃないですか。
もし、Jアン、S男がいじめている自覚がなければ大変なことになる気がする……。


ここからは、ドラ○もんは関係ないので、
J=加害者(いじめている人)N=被害者(いじめられている人)
と認識してください。


JサイドがNにちょっかいをかける。
それをNはちょっかいではなく、「いじめ」と認識。
しかし、Nは気が弱いので、周りに相談できない。
Jサイドはいじめている感覚がないので、ちょっかいを出し続ける。
Nは依然言えず、自分のうちに感情をためていく。
Nの感情が許容範囲を超えた瞬間、とることができる行動って、
至極限られてくると思うんですよ。
【パターン1】
Nがここで、立ち上げれれば、形がどうであれ、Jサイドに抵抗できます。
JサイドはNが「いじめられている」と感じていたと確認。
いじめ(ちょっかい)の停止。(停止しない場合ドラ○もんのように繰り返しですね。まあ、ロボはいないですけど。

【パターン2】
「Nは気が弱い」とうい前提があるんです。
おそらく、外への攻撃的感情は、押し込められ内に向く……。
これが自殺の原因になるのでは、と思ってます。


まあ、これはだいぶ前に考えていたことで……。
クラスの中から自殺者がでたんですよ、去年。
あの時はいじめなんてないと思っていたんですが、今ではわからないんです。
もし、【パターン2】の経過で自殺したのなら、「いじめられていた」と思っていた心はもうないんですよ。
死人にくちなし。

それに、そう感じていたNがいるのに、気づいてやれなかった第三者(以下Tに略)にも問題があるような気がします。
ぼくもおそらく第三者の方に入ると思います。
もしかしたら、いじめている感覚がなかっただけで、Jだったのかもしれません。

Nは自殺前に、友人に
「自殺でいい方法はない?」
と、聞いていたらしいです。
そこで、友人たるTは止めなかったのか……。
実際にそんなことするはずがないって思っていたかもしれません。
でも、もし、自分がTならば、止めなかった……止められなかったでしょう。
自分はNに対しそこまで真剣に考えていなかった。
これが一番の原因だと思います。
聞かれた友人も、休日にあそぶような友人ではなかったようです。
Nことをどれだけ真剣に考えた人間がいるでしょうか?

自殺する人は、たぶん、真剣に考えてくれている人がいないと思い、
自殺するのかもしれません、ね。

ここまで付き合っていただきありがとうございました。
けっこう、ちぐはぐになってますが、自分の思想が伝われば嬉しいです。

久しく、ドラ○もん自分は、久しくまじめになってみました。